G.プッチーニ『トスカ』METライブビューイング2017-2018

 METライブビューイング2017-18「トスカ」を観てきましました

まず素晴らしかったのは題名役のソーニャ・ヨンチェヴァです。
「歌に生き恋に生き」で観客の心を打ち抜き、「スカルピア!神の御前で!」で、観客の脳天を打ち抜くのが私の中の正しいトスカ。それをヨンチェヴァは見事にやってのけてくれました、さすが今シーズンのライブビューイングで3演目もの主役を歌うディーヴァです。

思い起こせば2013-14シーズン、ロベルト・アラーニャ、ジョージ・ギャグニッサという最高の共演者に恵まれながら、「歌に生き恋に生き」をトスカ役パトリシア・ラセットが思わぬしくじり。。。音を外して声が伸びず、あれには心からガッカリ・・・ここで外してどうする!、それまでは調子が良かった分、本当にもったいないとしか言いようがありません。劇場の観客も同じ気持ちであったことが拍手の様子からわかります。

そのモヤモヤを、今回ヨンチェヴァが吹き飛ばしてくれました、ブラーヴァ!

カヴァラドッシを演じたのは、昨シーズンの「ロメオとジュリエット」の名演が記憶に新しいヴィット―リオ・グリゴーロ。この人は仏オペとイタオペならまあだいたい何でも歌えるんじゃないのかな?というオールラウンドな方ですが、この役には少し線が細いような気がしないでもない。でもクセのない澄んだ声で、若き革命家を演じきってきました。

が、この人、トスカを触る手がスカルピアよりもエッチな感じがするのはなぜだろう?イタリア人だから?(笑)

個人的には、声が微妙に音符の下をくぐろうと、時々声をひっくり返すクセがあろうと、この役はアラーニャ様の方が好きですね。

さて、表キャストの華がヨンチェヴァなら、私がツボにハマった裏キャストはキャスト表に名前すら出ていないスポレッタ役w

華奢な白人で、髪を整髪剤ぴっちりと固めていて、ちょっと死神っぽい形相、ワルい奴の手下感むんむん、凄く雰囲気のある役作りをしていました。いつもはスポレッタなんてほぼ覚えていないけれど、この人は強く印象に残りました、名前を知っている方がいたら教えてください。

ニュープロダクションの是非

さて、今回は新演出で、手掛けたのはデイヴィッド・マクヴィカー。METの意欲作であったドニゼッティの女王三部作の演出を手掛けて大成功させた彼。ローマのサンタンドレア・デ・ラ・ヴァッレ教会、ファルネーゼ宮殿、サンタンジェロ城、フレスコ画や登場人物の衣装に至るまで、忠実に、いえそれ以上の華やかさと緻密さで再現して、伝統的かつ正攻法の「これぞオペラ!」という舞台を作り上げていました

でもコレ、どうなんでしょうね?

私はリュック・ボンディの演出が結構好きだったので、え??まだ10年も経っていないのにもう変えるの?とビックリ。

METに来る観客が、豪華絢爛な舞台を求める傾向にあるのは非常に良く理解できます。イタリアに住んでおられるある音楽評論家さんが「俺はキンキラキンが好きなんだよ、味も素っ気もない舞台の現代演出なんて誰が観たいんだ?!」と、仰ってましたが、’余程優れた現代演出でない限りは、オーソドックスな昔ながらを見せられる方がずっとマシ’だと私も思うのです。ましてヴィスコンティやゼッフィレッリばりのゴージャスな舞台を創れる劇場が世界にいくつあるでしょうか?METがやってくれなかったらいったいどこがやるというのでしょう。

でもだからと言って、ゼッフィレッリのモノマネはやめて欲しい。「ゼッフィレッリへのオマージュ」なんて言ってるけど、ゼッフィレッリに捧げるデイヴィッド・マクヴィカーの芸術でなければ意味がないのではないでしょうか?

二幕で死んだスカルピアの両脇に燭台を置くシーン、アレには失望しました。あれはゼッフィレッリ演出で生まれた独特の様式美の世界だと私は考えます。だって、普通に考えて不自然でしょう?私ならあの状況でそんな余裕はないし、腰が抜けて気が動転して、ああ、でも早く逃げなくては!通行証はどこ?!あ、通行証を持つ前に血を拭ってしまなくては!と、アワアワしてますよ。外で物音がすれば風の音でもビクリとし背筋が凍る。燭台に発想が行ったとしても、持つ手が震えて、火を消さずにあの位置まで持っていけないでしょ、私なら怖くて死体のそばに寄れません。どんだけ冷静な女なのよ。。。

トスカがスカルピアを刺した後のシーンは、様々な解釈で多様な演出できる余白の多い場所、演出家の腕の見せ所です。

リュック・ボンディは、殺人という大罪を犯したトスカに思わず窓から身を投げさせようとし、更にそれを思いとどまらせて、ソファに横たわらせて、己の冷静さを取り戻すかのようにゆっくりと扇をあおぐようにさせました。なるほどそう来たか、と思いましたね。

ゼッフィレッリの燭台は、ベーレンス、ドミンゴという名盤の中で観ることができるし、オペラファンならカラス、ゴッビの二幕でこの燭台を飽きるほどみているはず。

それをそのまんまやるなんて馬鹿げていると、私は口が開いちゃいましたよ。だったら「ゼッフィレッリのリメイクをマクヴィガーがやりました」で良いでしょ?!

リュック・ボンディの舞台は新演出に比べたらシンプルではあったけれど決して簡素でみすぼらしいわけではなかったし、必要なものは全て揃っていました。各々の衣装のコントラストも美しかった。

二幕の演出だけではなく、一幕でのアンジェロッティのスタントマンを使った登場シーンも斬新で、トスカとカヴァラドッシの愛情あふれるやりとりも素晴らしい。アラーニャの演技の巧さもありますが、キュンときましたね。三幕の「星は光りぬ」前後もちょっとした面白い試みがたくさんあった。

デイヴィッド・マクヴィカーの職人技的こだわりは素晴らしいし、舞台設定どおりに絢爛豪華な舞台装置と衣装を作り上げたところまでは箱をどう作るかの問題等だから納得できるとしても、中身はもっと新しい解釈が欲しかったと思います、後退感が否めない。

ニューヨークに行った記念にメトロポリタン歌劇場でオペラでも観てみよう!という観光客には素晴らしい舞台なのかもしれませんが。

でも、リュック・ボンディの「トスカ」を変えるなら、現代演出の典型的な失敗例であるあの妙ちくりんな気味の悪い「椿姫」を先に変えるべきなんじゃないでしょうか?

惜しまれるターフェルの降板

演出の感想が長くなってしまいましたが、さてここで恒例のジェリコ・ルチッチの悪口を(笑)
当初、スカルピアはブリン・ターフェルが歌う予定でした。

ヨンチェヴァ、グリゴーロ、ターフェル!もう完璧!歴史に残る名演になること間違いなしと思っていたのに、なんと降板して代役がまーたジェリコ・ルチッチ。

オテロのイヤーゴでしごかれて以来、声がデカイだけのバリトンから随分マシにはなりました。恵まれた喉に頼るだけじゃなく、常に体の芯から声がでるようにもなってきました。

でもやっぱりダメ、相変わらずこの人の歌いまわしには知性が感じられない。今回は登場シーンで変に鼻にかかった声が出ちゃった時点でイラっときてしまう私。

二幕の芝居も、わかった風な演技で時々ボーっとしちゃって素に戻っちゃうし。この人、凄く普通の平凡な感性のおじさんだから、常に芝居に入っててくれないと、佇んでるだけでOKにはならないのです。

ファンの人ゴメンナサイ。でも、ブーとブラボーが入り混じった観客の反応が結果でしょう。

そして最後にもう一度、絶対ルチッチよりグリゴーロの方がセクハラっぽい感じ(笑)グリゴーロ大好きだけど

<初心者オススメ度★★★★★ 愛好家オススメ度★★★★★>

<一緒に観る人・・・初トスカな初心者、もしくはオタク>

METライブビューイング2017-2018『トスカ』G.プッチーニ

上演日:2018年1月27日

指揮:エマニュエル・ヴィヨーム 演出:デイヴィット・マクヴィガー

出演:ソーニャ・ヨンチェヴァ(トスカ)、ヴィットーリオ・グリゴーロ(カヴァラドッシ)、ジェリコ・ルチッチ(スカルピア)(パトリックカルフィッツィ(堂守)

上映時間
:3時間(休憩2回)[ MET上演日 2017年1月27日 ]
言語
:フランス語